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エベレスト (チョモランマ)

Photo エベレスト (チョモランマ)、

チョモランマ(チベット語):大地の母神。

エベレスト(英語):インド測量局の長官ジョージ・エベレスト。

サガルマータ(ネパール語):世界の頂上。

エベレスト(チョモランマ)8848メートル、最近登頂の話題が多くなりました。

● 通常ルートから酸素を使う。

● 荷物はシェルパに持ってもらう。

● 通常ルートの情報が豊富にある。

● 他のガイドチームが張った固定ロープが設置してある。

世界最高峰ですが登山が楽になった分、ガイド登山の観光ルートになったのかも。

槍ヶ岳 2010年4月22日(木)のブログ記事で、

1996年5月に悪天候の中エベレスト(チョモランマ)を8000メートル付近まで下山

するも、酸素が切れ座り込んでしまった難波康子さん・・・。

デスゾーンの登山コースはどういう状態なんだろうと、気になっていました。

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同じ女性のフランシス(上写真)さん、女性初の無酸素登頂を達成。

下山中に、頂上から250m氷点下30度の中で具合が悪くなり動けなくなる。

夫のセルゲイ氏は、助けを求め酸素と薬を取りに戻ったが、そのまま行方不明に

なりました。

一人になってしまったフランシスさん、「お願いだから、私を置いていかないで」

彼女の前を通った他の登山家は、できるだけ長く彼女のそばに付き添い

自分達は登頂をあきらめてその場を後にした。

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手前の左側は、キャンプ2の設営場所です。

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中央部分に登山ルートの後が見える。

傾斜は45度は、ありそうです。

下部ルート右側はキャンプ3の設営場所になっている。

ピストル岩を越えて上部を左に行くと、サウスコルの低い部分に出ます。

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サウスコルは雪の溜まった右側手前が平らなテント設営地となっています。

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登山コース:(バルコニー)→(南峰)→(ヒラリーステップ)→(頂上)

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登り切ったさらに奥に、頂上が有る

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30 反対側の山、

ローツェ 8516m

※ エベレスト側からサウスコルを見下ろす、中央下部にテント設営。

サウスコルは広場になっておりキャンプ4の設営をする。

高度は7900m、両側が山で低くなっており、風の通り道でもある。

ここからは、頂上アタックとなりデスゾーンの危険地帯に突入します。

難波康子さんは、なんとこのテント設営場所のテントから200m離れたところで

動けなくなったようです。(風の通り道で、強風がすごい、当時秒速36メートル)

フラフラの状態で、空になった酸素を必死に吸っていた。

最期には他隊のガイド、二ール・ベイドルマンに引きづられるようになる。

この時は、グループ8名いましたが、動ける3名が第4キャンプまで行き救援を呼ぶ。

救助に動いたのは、フイッシャー隊ガイドのアナトリ・ブクレーエフだけです。

早めに引き返していたホール隊の隊員スチュアート・ハッチスンは、シェルパと共に

難波とベック・ウェザーズの元に行った、呼吸はしていたが全く無反応だった為、

助からないと判断し救助を断念しテントに戻った。

両隊のシェルパや南アフリカ隊は、救助に行かなかった。

アウトドア誌派遣隊などもいたが、救助には行けなかった。

当時は猛吹雪で何も見えないような状態、氷点下51℃、体力消耗は相当なものと

予想できる、難波康子さんとベック・ウェザースは雪に埋もれていた。

ガイドのアナトリ・ブクレーエフは3人(自らの顧客)を救助したが、倒れたまま動か

ない2人は助からないと判断されたようです。(ガイド1人しか行動しないのも?)

自隊の3名、サンディ・ビットマン、シャーロット・フォックス、ティム・マッドセンを救助。

ガイドのアナトリ・ブクレーエフは、当日は自分だけ先に登頂して先に降りてきて

しまうという、ガイドとして頼りない行動もしていた。

ベック・ウェザーズは、目にレーシックの手術をしていた、気圧の関係でC4からの

登山から見えなくなり、自分でテントまで歩いた時も風を感じてヨロヨロとたどりついた。

その後低体温症により何度もテントの中で意識を失ったため、回復の見込み無し

と判断され第4キャンプに置き去りにされることになった。

しかし、夜明けに起き上がり下山の準備をしはじめ、救助隊の力を借り下山開始する。

遭難を知った妻が米大統領に陳情するなどし、ヘリコブターで救助される。

両手の指の殆どと鼻を凍傷で失っている。

http://www.nicozon.net/watch/sm10280347

●(映画)5/6です、時間があったら1/6~6/6見ると、ある程度の流れがわかります。

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後列左から(ジョン・タースケ)(スチュアート・ハッチマン)(ヘレン・ウィルトン)

(ベック・ウェザース)(ルー・カシシケ)(マイク・グルーム)

前列左から(ダグ・ハンセン)(スーザン・アレン)(ジョン・クラカワー)(アンディ ハリス)

(ロブ・オール)(フランク・フイッシュベック)(難波康子)

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ダグ・ハンセン(中央右向)、ヒラリーステップ越え(当時は順番待ち状態で遅れる)

頂上を引き返す時間は、14時の約束でしたが、15時過ぎになってしまった。

15時40分ごろ登頂、さらに長時間山頂に滞在してしまう。

その後の下山は、当然危険な悪天候の夜間となります。

ロブ・ホール隊長は、大きく遅れたダグ・ハンセンを待って頂上に1時間以上留まる、

ダグ・ハンセンが体調を崩したため、ガイドのアンディ・ハリスと共に助けながら下山

するも、3人は遭難する。

ロブ・ホール隊長は、第4キャンプに無線連絡し、経由して国際電話で妻に別れを

伝え、生まれてくる名前の候補を告げて名前をきめました。

○ エベレスト登山史上で最悪の遭難現場にいた唯一の医師、

  ケン・カムラー(Ken Kamler) 、

  極限状況での凄まじい奮闘について語っています。

●「 ケン・カムラー:エベレストにて、奇跡の生還 」を検索して動画を見ます。 

http://digitalcast.jp/v/13355/

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上の写真後方の山は、3枚上の写真と同じ山、傾斜を登りきったところ。

陽が登っても、氷点下20℃、天候によっては強風が加わる。

8848メートルの高さでは、ジェット気流が直接当たってしまう。

氷点下20℃~50℃、風速20~320kmと天候の変化は厳しい。

酸素濃度は1/3という過酷な環境。

ここを下山時に動けなくなったら、仲間がいても助けられない?

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コースは右よりの岩と雪を利用する。

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大きな丸い岩がヒラリーステップ、ここを越えて登ります。

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2017年5月22日 ニュース

エベレスト頂上近くの「ヒラリーステップ」が崩壊しているのが明らかになった。

2015年4月のネパール大地震が原因だったかも知れない。

今まで、積雪のため確認が難しかったが、今年は積雪が少なかった

ために、崩壊が明確に分かった。

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頂上直下は比較的なだらかな雪上を右下から左上に登る。

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頂上は沢山の旗などが結んである。

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頂上からの眺め。

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中央の奥がエベレスト(チョモランマ) 。

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イギリスのイアン ウッド・オールさんは、2007年5月23日にフランシスさんが

そのままになっていることが気になり、エベレストに出発しました。

登頂はしているので、頂上に行かないでフランシスさんを葬れるのは自分しか

いないと、エベレストに向かった。

フランシスさんの明るい紫色の登山ジャケットは、雪の中で当時のまま横たわって

いました。

イアンさんは、短いセレモニーを行ったあと、北面の山の墓へと彼女を落下させた

そうです。

8000mより上の94名の登山死亡者のうち、53(56%)は登頂からの下山途中です。

16(17%)は帰還後、9(10%)は登頂中、4(5%)は最終キャンプを離れる前、

12(13%)は登頂意図ステージ不明。

登山ルートには、随所に120体もの遭難者の遺体が凍結放置されているといわれる。

● 現在よりも酸素の薄い時代に誕生した、恐竜の一部から進化した鳥類は、

   気嚢(きのう)(空気の袋)システムを受け継ぎ、大量の酸素を取り込む事ができる。

   ヒトの横隔膜の性能は鳥類に比べたら、気嚢(きのう)の方が優れている。

   哺乳類は高山の低酸素環境に弱いのは残念なことです。

   あえて無酸素登山を英雄視するのは、とても危険な行為と思われます。

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● ウーリー・ステック(Ueli Steck)

 2017年春、エベレスト西稜からローツエへの縦走計画。

 高所順応のため、ヌプツェ登山中に滑落、約1000m落下する。

 4月30日(日)の朝、エベレストの第二キャンプ付近で発見された。

 まだ40歳でした。

 【世界記録】絶壁を命綱無しで登攀【アイガー北壁】➡ ユーチューブ検索

 ステック氏は2012年にエベレストの無酸素登頂に成功。

 2015年には、62日間でアルプス山脈の標高4000m以上の

 82山全ての登頂に成功した。

 

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